大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和47年(オ)968号 判決

上告人

小村不二男

被上告人

柴田クニ

右訴訟代理人

田辺照雄

主文

原判決を破棄し、本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告人の上告理由第三、四点について。

賃借人が占有補助者によつて賃借物を占有使用しているときは、賃借人は、その占有補助者が賃借物に関してした行為につき、特段の事情のないかぎり、賃貸人に対して責任を負うものと解すべきである。しかるに、原判決に徴すると、原審は、賃借人梅村富子、同野々口保子がその占有補助者として本件家屋に居住させている被上告人において本件家屋を柴田勤、正美らに転貸したことを認めながら、特段の事情を認定することもなく、賃借人らみずからがしたものではないというだけの理由で、右転貸につき賃借人らになんらの責任はない旨判断したものであることが明らかであるから、原審の右判断は前述の法理に違背するものといわなければならない。論旨は理由がある。

同第五点について。

原判決によると、原審は、上告人の借家法一条の二の解約申入れによる本件賃貸借終了の主張について、解約申入れのあつたことの主張、立証がないとしてこれを斥けたことが明らかである。

ところで、原判決および記録によると、上告人は、昭和四六年五月八日賃借人らに対して無断転貸を理由として賃貸借解除の意思表示をしたが、本訴においては、解除理由として無断転貸を主張するとともに、右解除の意思表示をした当時借家法一条の二の正当事由が存在したから、右解除の意思表示には同時に、同法同条の解約申入れとしての効力もある旨主張しているのである。思うに、賃貸借の解除・解約の申入れは、以後賃貸借をやめるというだけの意思表示であり、その意思表示にあたりいかなる理由によつてやめるかを明らかにする必要はないのであるから、賃貸人がたまたまある理由を掲げて右意思表示をしても、特にそれ以外の理由によつては解除や解約の申入れをしない旨明らかにしているなど特段の事情のないかぎり、その意思表示は、掲げられている理由のみによつて賃貸借をやめる旨の意思表示ではなく、およそ賃貸借は以後一切やめるという意思表示であると解するを相当とする。そうすると、その意思表示の当時、そこに掲げられた理由が存在しなくても他の理由が存在しているかぎり、右意思表示は存在している理由によつて解除・解約の効力を生ずるものと解すべきである。それゆえ、たとえ、無断転貸により解除する旨の意思表示がなされても、その当時、借家法一条の二の正当事由が存在しているときには、右意思表示は同時に同法同条による解約申入れとしての効力をも生じているというべきである。

してみると、前述のように解除の意思表示があつたことを認めながら、解約申入れのあつたことの主張、立証がないとして正当事由の存否についてなんらの判断をすることなく上告人の前記主張を斥けた原審の判断には、右法理の適用を誤つた違法があるといわなければならない。論旨は理由がある。

叙上のとおり、論旨第三ないし第五点に関し、原判決には違法があり、右違法は判決の結論に影響することが明らかであるから、その余の論旨につき判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。

よつて、本件について更に無断転貸による解除権発生の有無、正当事由の有無等について審理させるため、民訴法四〇七条一項により原判決を破棄し、本件を原審に差し戻すこととし、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。

(藤林益三 大隅健一郎 下田武三 岸盛一 岸上康夫)

上告人の上告理由

上告理由第一・二点〈略〉

上告理由第三点

原審の認定に依れば本件係争家屋の賃借権者は訴外梅村富子・同野々口保子となすものであるからこれによれば本件家屋に対する善良なる管理者の注意義務は同人等に在り、上告人との賃貸借に関する信頼関係も上告人と同人等との間に於て存在するものと云わなければならない。

被上告人の三男柴田勤及びその家族二男柴田正美及びその家族は前示富子・保子に対しては全く縁故なき第三者であり、これ等の者が本件家屋を長期に亘つて占拠したのを排除しなかつたことは善良なる管理者の注意義務を怠り、上告人との賃貸借関係における信頼関係を裏切つたもので、これを理由として上告人が昭和四十六年五月八日到達の内容証明郵便をもつて梅村富子・野々口保子に対し本件賃貸借契約を解除したのは正当であると云わねばならない。

原審は勤・正美及びその夫々の家族が本件家屋に同居したのは被上告人の意思に基くもので富子・保子が転貸したことを認めるに足る証拠がないと判示して上告人の主張を排斥したが、第三者が本件家屋を占拠して使用収益するのを排除することなく認容黙過したのは正に賃貸借契約の背信行為であつて、前示賃貸借契約の解除の意思表示により本件賃貸借は解消し、従て被上告人はその援用する権利の根拠を失つたもので家屋を明渡さなければならないものである、原審は民法第六百十二条の信頼関係の原則の適用の誤つた違法があり破毀を免れないと信ずる。

上告理由第四点

原審認定の如く仮に被上告人が相続人梅村富子・野々口保子等の本件家屋に対する賃借権を援用して上告人に対し家屋の使用収益権を対抗し得るものとすれば本件の如く相続人は全然家屋を占有せず賃料の支払もなさず現実に賃借権の内容を行使するは援用者たる被上告人自身である場合は被上告人も賃借権者たる相続人と同様に賃貸借の信頼関係を維持しなければならないものと云わなければならない。

仍て援用者に於て信頼関係に背く如き行為があつたときは賃貸人たる上告人はこれを理由として賃借人(本件に於ては相続人)に対し賃貸借契約の解除をなし賃借権者及び援用者に対し家屋の明渡を求め得るものとされなければならない。若し然らずして援用者は援用によつて家屋につき賃借人と同様の利益を享受しながら擅に賃貸人の承諾を得ずして第三者にこれを転貸し信頼関係を裏切る行為をなすもその責を負わず賃借人たる相続人は転貸は自己の行為にあらずとしてこれまたその責を問わるることなしとすれば賃貸人たる上告人の家屋に関する法律上の利益は逐に保護せらるる途なきに至るであろう。

例えば賃借人の家族雇人等賃借権の援用者自身が賃貸人に無断にて賃貸家屋を転貸し或は権利を譲渡し或は家屋の無断改造等をなすも賃借人の直接の行為に非ざるの故を以て賃借人はその責を負うことなしとなし得べきや疑問なきを得ず。寧ろかかる場合には賃借人は自ら信頼関係を破つたこと又は債務不履行の責を負い契約の解除を受くるも巳むを得ざるものと解してこそ正当であると云わねばならない。

上告人が被上告人の無断転貸を理由として相続人梅村富子・野々口保子に対し昭和四十六年五月八日到着の書面を以て本件貸賃借契約を解除したのはその効力があり被上告人も同時に家屋を明渡さねばならぬとしたのは正当で之と反対の見解に出でた原判決は法律の解釈を誤つた違法があつて謂われなきものと信ず。

上告理由第五点

原判決は上告人が本件家屋の明渡を求めるについて正当事由のあることを陳述するが本件家屋の賃借人は被上告人ではなく梅村富子・野々口保子であり(中略)右の理由をもつて賃借人である前記両名に対し賃貸借契約解除の意思表示をしたことについてなんらの主張立証のない以上右の主張も採用することができないと判示するが(原判決九枚目裏面)本件に於ける如く梅村富子・野々口保子は亡梅村滝太郎死亡後曾て本件家屋を占有したることなく賃料を支払つた事実もなく賃貸借には無関係無関心であり、被上告人のみが家屋を使用収益している実情の下に於ては上告人が契約解除をする正当事由があるか否かは専ら上告人と被上告人との関係に於て判定しなければならない。

上告人は第二次大戦終了後の昭和二十一年蒙古より京都市に家族と共に引揚げ来りたるが自己所有の唯一の本件家屋は亡梅村滝太郎が賃借居住中であるため入居できずその明渡を求めたるも暫時の猶予を乞うたにより上告人は借家を物色したるも全家族を収容するに足るものもなく巳むなく三ケ所に分散して居を構え実父はその後借家を転々して終に昭和三十一年三月大阪市生野区のバラック家屋にて病歿し上告人の妻子三人は京都市伏見区向島の二帖二間と四帖半一間の約五坪の借家に入居し上告人自身は畢生の事業たる回教の研究宣伝の為め設定された日本イスラーム友愛協会の事業に専従する必要上旧戦友の印刷業者の事務所の一部を借受け別居して専念宗教活動に従事した。

所が爾後三年を経過したる頃上告人の借受事務所は改築の為め立退かなければならぬこととなり同宗教の関係者である土地家屋調査士築山亨の事務所の階上に漸く転居し収容できない多数の図書資料は親戚その他に分散保管を依頼して急場をしのぎ上告人自身も妻子と参考図書資料は別離して生活するの不便を続けたが上告人の主宰する日本イスラーム友愛協会は積年の協力により当局よりその回教に関する参究研鑚の実績を認められ昭和四十一年二月法人格をも取得し上告人は理事長として就任したがその事務所は固より上告人の居所に設置し上告人も私財を投じて努力し事業活動も漸く確立しその緒に就きたるところ不幸にして築山亨の事務所は他に売却されることになり明渡の巳むなきに至り築山亨は協会事務経営の事情と上告人個人に対する情誼上その明渡を三年の久しきに亘り遷延策を配慮してくれたるも逐に昭和四十六年九月十五日新所有者に事務所を明渡さなければならぬこととなり。上告人は同所を退去して姉寺石加代方に身柄だけを寄せることとなり協会所属の諸道具及び小型トラック三台分の膨大多量なる関係資料(上告人個人所蔵の回教関係図書典藉約一千余冊は既に前々住所移転の際に寺石加代方に保管を依頼した)は三ケ所の協会関係知友の所に分散保管するの巳むなきに至り今迄上告人居所に於て開催した回教信徒の定例集会諸外国人との接見はこれを行う場所なく辛苦三十五年余築き上げたるイスラーム友愛協会の事務は一時中断閉鎖するの非運に立至つたのである。

然るに被上告人は内縁の夫梅村滝太郎の死亡後も独り建坪五十三坪余の本件家屋を占拠し従来それぞれ独立居を構えて安定していた長男次男三男長女次女等に引取られて扶養を受くることなく、却て三男及びその家族を本件家屋に呼寄せ三男死亡後は長男及びその家族を入居させ悠々たる生活を営む次第にて(亡梅村滝太郎の相続人梅村富子・野々口保子はそれぞれ婚家に安住して住居につき何等不自由なく殊に梅村富子夫妻の如きは本件家屋の正面に昭和四十六年秋京都市伏見区随一と称される鉄筋六階建の豪華なる超高級マンション「深草コポレ」を新築竣工させ上告人の現在の窮状とは比較すべくもない)上告人は自己の居住場所事業の経営場所を確保するため自己唯一の本件所有家屋の明渡を求めるにつき正当な事由があるものと云わなければならない。

原判決は上告人が正当事由を以て梅村富子・野々口保子に対し契約解除をした事実がないと判示するも本件の如き家屋の占有状況に於ては上告人と被上告人との間の事情を以て正当事由の有無を定むべきものであること前述の通りであり、仮に訴外梅村富子・野々口保子との間の事情を参酌すべきものとするも住宅につき安定して何等本件家屋を必要とせざる右両訴外人と居住場所に事欠く上告人との間に於ては本件家屋の明渡を求める上告人に正当の事由のあることは勿論である。

そうして上告人が梅村富子・野々口保子に対し本件家屋に対する賃貸借契約解除の意思表示をしたことは本件に於て争のない事実であるからこれを以て足るもので解除の意思表示に際し特に正当の事由あることを明示しなければその効力がないと云うものではない。

上告人が梅村富子・野々口保子に対しなしたる契約解除の意思表示につき上告人に正当の事由ありや否やは裁判所に於て諸般の事情を参酌して判定されるべきものであり契約解除につき事由を明示せず、或は他の事由を解除の理由とするも影響することなく、要は解除の意思表示があつたか否かに在るものと信ず。原審がこの点の判断を看過して上告人の請求を排斥したのは正当の事由の判断を遺脱したるものか或は理由不備の違法があるもので破毀を免れないものと云わなければならない。〈後略〉

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